SSブログ
前の1件 | -

映画 『いつか読書する日』 [Movie]

いつか読書する日 [DVD]

いつか読書する日 [DVD]

  • 出版社/メーカー: アミューズソフトエンタテインメント
  • メディア: DVD

とても良い映画だと思いましたので、感想を書きます。

あらすじ
牛乳配達とスーパーのレジで働く50歳の独身女性・美奈子(田中裕子)は、読書のみを趣味に平凡な日常を過ごしていた。一方、市役所に勤める高梨(岸部一徳)は末期がんの妻・容子(仁科亜希子)を自宅で看病し続けている。美奈子と高梨は高校時代につきあっていたが、あることが原因でずっと疎遠になっていたが、今もお互い心にとどめていた。やがてそのことに気付いた容子は、ふたりを再会させようとし・・・

予告編
http://www.youtube.com/watch?v=rkwW-_4ycXo

あらすじを見ると「地味なヒューマンドラマ?」と思うでしょうし実際そうとも言えるのですが、物語が地味だからといって作品の中で起こっていることが地味だとは限りませんし、まあ、映画って、そういうところが面白いですよね。
というかむしろこれは一種の「ファンタジー映画」ですね。このファンタジー性がリアリズムから逸脱していることが気になる人には、ダメな映画でしょう。ですが、ファンタジーが起こる地盤としての細部の作り込みがとても丁寧で、その入念な描写の積み重ねにこそ、この作品の魅力がある。ぼくの感想はそんな感じです。
が、もう少し書いてみます。

物語の舞台の風景が魅力的に描写されています。風景が魅力的に描かれていると、ぼくの場合、文学用語でいうところの「異化」が起こります。異化とはかんたんに言うと「日常的な、ごく当たり前になっているものでも、表現によって新鮮な驚きをもたらす」作用です。
坂の多い、すり鉢の底のような地方の町が舞台で、夜明け前の青い町を、牛乳配達をする主人公が走る冒頭から、全編、このありふれた地方都市を「美しいなぁ、美しいなぁ」とずっと思っていました。似たような感覚は、わかりやすいところで言うとジブリのアニメ「耳をすませば」でも感じましたね。ああいう感じ。そこで起こる個別の惨や苦はべつにして、日常的な光景それ自体が、何か至福に満ちた劇場なんじゃないかと俯瞰するように思える作品というのは(映画は視覚メインなので特にそういう感覚になることが多い)、個人的には凄いことなんですよね。「人が描けている」ことも大事ですけども、風景が描けている、というのも、とても大事なことだと思います。まあ、娯楽大作なんかにはそういうの求めませんけども。

で、人。あまり筋には触れませんが、田中裕子と岸部一徳がとても良いです。
地味な顔じゃないですか、二人とも。それがこの作品の内容に恐ろしいほどマッチしてるんです。これは観たらわかります(笑)
主人公の二人は、すり鉢の底のような地方の町で、それぞれ平凡な生活を守って生きています。中年女性はこの町で何十年も牛乳配達をしていて、徹底的な反復を守っている。男性のほうは町役場に勤め、死期の近い妻を看病しながら、平凡に生きることを頑なに誓っている。
この男女が平凡を守るのには、過去の、共通した「できごと」があるのだし、物語は当然この二人にドラマを起こすことは、まあ始めからわかっちゃってるんですけど。でもこの設定においてドラマが起きるであろうことは、なんだか観ている者を緊張させます。それはこの二人が「ドラマ」が起こることを徹底的に避けようとして生きていて、それがしっかり描かれているからです。この「緊張」が「スリリング」ということで、映画というのはたとえばサスペンスのジャンルなどでなくとも、スリルというものを感じさせてくれる側面がありますよね。
で、この二人が、表面からは完全にかき消している(実は毎朝、互いへの気持ちは伝えているんだけど…)、相手への、どうしても消せない、消しようもない思いを抱えて生きているというのも、しっかりと演出されている。

(批判めいた感想を一言だけ言うと、なんか、「ドラマ」は不要なんじゃないかとも思ったところもあるんですが、まあ、それでは作品として成り立たないですからね…)

主人公のドラマの横に、幾つかの挿話があり、そのうちのひとつが伏線となってラストシーンに関係してきます。同じ町で暮らす人たちの話です。認知症の進行している旦那とその妻、そして、ネグレクト家庭の子供。本筋との関係に必然性があるかというと微妙なのですが、主人公たちの内面をうつすように設定されていて、うまいです。人生の無常や悲惨を感じさせられて、少し辛いですけど。

上のほうに書いたように物語としては実は出来過ぎというかそんなわけあるか的なファンタジーな感じなので、そこに関しては「う~ん」ってところもあるんですけども、とてつもなく地味な中年男女の「純愛」を描くとして、ファンタジーを免れうるかと言うとムズカシイわけでして。。ただやはり、細かく、丁寧に作り込まれています。シーンごとに意味があるってレベルで。
まあそうわけで細かく分析してしたり好ましいところを書き連ねたら倍くらいの長さになりそうなのでやめておきますが、なかなかの逸品でした。
「映画って、やっぱりいいな」と思いました。「映画って、やっぱりいいな」と思わせてくれる映画に巡りあうのって、本当に嬉しいですね。
朝のつめたくて澄んだ空気の中の、牛乳配達の、牛乳瓶のこすれ合う音が、妙に耳に残ります。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:アート
前の1件 | -

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。